株式会社ニッセイ基礎研究所 大澤寅雄 氏
「文化生態観察のすすめ」

2018年11月17日(土)、本プログラムの活動拠点である日吉西別館にて、ニッセイ基礎研究所 主任研究員の大澤寅雄氏よりご講演を賜りました。

大澤氏は1994年に慶應義塾大学文学部をご卒業後、劇場コンサルタントとして公共ホール・劇場の管理運営計画や開館準備業務に携わられました。2003年に文化庁新進芸術家海外留学制度を利用してアメリカ・シアトル近郊で劇場運営の研修を行った後は、ニッセイ基礎研究所にて文化政策やアートマネジメントの調査や研究を勤められる傍ら、NPO法人STスポット横浜の理事および事務局長、東京大学文化資源学公開講座「市民社会再生」運営委員を歴任され現在に至ります。本講演では「文化生態観察のすすめ」というタイトルで、「文化」という身近なようでとても奥深いテーマについて、熱意とユーモアいっぱいにお話し頂きました。

講演の冒頭では「今朝の文化生態観察」というサブタイトルで、横浜市寿町での実例を通して文化生態観察の概要を説明していただきました。街角にはアート作品が溢れクリスマスに浮かれる繁華街から少し歩くと、日雇い労働者向けの簡易宿所が立ち並び急激な高齢化が進むエリアに出るというお話は非常にリアルで、文化や芸術は何のためにあるのか?私たちは本当に文化を必要としているのか?という本講義のメインテーマでもある疑問について非常に考えさせられました。また、日本における文化政策の変遷とその社会的背景についても概説頂き、芸術史やアートに関する下地が乏しい我々にとってもわかりやすいように、ご自身のキャリアパスで経験されてきた様々な体験を通してアートマネジメントについてご紹介いただきました。

ご講演の中で,大澤氏はアートを含めた社会全体が「循環」することの重要性を度々強調されていました。文化や芸術の価値を考える上でどうしても避けられない議題として「文化芸術は役に立つのか?」という疑問が挙げられます。そこで文化芸術の本質的価値を経済的価値や社会的価値のために「活用」するという視点に固執してしまうと、「役に立つ」「役に立たない(からこそ良い)」という二元論に収束してしまいがちです。自然界の生態系が持つ循環性のように、文化芸術の本質的価値と経済的価値および社会的価値がそれぞれを支え合い互いに高め合っていけるような社会の仕組みを模索することが大事なのではないか。大澤氏は動物の死骸や枯れ木などを分解し生態系のサイクルに貢献する微生物の様に、地域の「分解者」としてそうした芸術を含めた地域社会全体の循環系を形作っていくために、調査や研究という仕事を通して言語化の難しい文化芸術が地域にもたらした様々な価値を咀嚼分解して、市民にわかりやすく提供する手伝いをしていきたいと述べられていました。こうした循環系が形作られ地域住民の満足度向上につながれば、地域コミュニティーの再生や地域ブランドの創造を促すことができる可能性があります。

最後に文化とはなにか、これからの社会はどう変化していくのかというさらに大きな視点について、大澤氏が様々な活動を行なっていく中で感じたことについてご教示頂きました。これまでは人口増加と経済成長に支えられた一億総中流化社会の中で競争社会に必要な資本が重視されてきました。しかし、これから訪れる人口減少と経済縮小、それに伴う格差拡大の中では今までの経済構造のままでは共倒れになってしまいます。地域社会全体の幸福をめざすには、そこにある自然や歴史、文化を貴重な資源として、多様性をあるがまま創造的に活かして、共生可能な社会を生み出す方向へとシフトしていくことが重要ではないか、と述べられていました。

普段、企業の経営者や行政の担当者の方からお話を伺う機会の多い我々RAにとって、アートや芸術という文化による社会創造という視点は非常に新鮮で多くのことを考えさせられたと思います。こういった文化的側面も含めた多様な価値観を学ぶことは、自分の専門分野ばかりで視野が狭まりがちな我々大学院生にこそ重要な視点ではないでしょうか。リーディング大学院は様々な分野の専門家を目指す学生が集う場です。互いの専門の垣根を超えた交友関係を作り互いに高め合えるような、多様性のある場にしていきたいと改めて感じました。

(Texted by:RA7期生 政策・メディア研究科修士1年 飯井 虹之介)

株式会社ニッセイ基礎研究所
大澤寅雄氏
Tokyo Art Research Lab HP : https://tarl.jp/people/osawa/